忍者ブログ
腐率低&懐古オタク仕様・なんでも専用。
ボーカロイド一家のおねいちゃん

しばらく冬支度で消える、って言ったそばから!

今頃「初音ミク」ですが。
ちょぴっとDTMに興味のある身としてニコ動にアップされる歌声には驚くばかりです。が、あくまでソフトの性能とアップ主の技術に驚き関心を持っている状態だったのですよね。同人的萌えや盛り上がりはなかったです。
……ついさっきまでは。

ボーカロイドって、2というからには1(というか無印)が存在してたんですね。
ミクっぽくキャラクターっぽいパッケージとリアルな人間っぽいパッケージのが数点。うちキャラクターっぽいパッケージ商品ふたつはミクの「姉さん」「兄さん」扱いされ、2人の歌声もニコ動で聞く事が出来ます。



で。コレ。

もう、かれこれ3時間くらいエンドレスで聞いてます。



ウオォォォォ!MEIKOねえさんカッコイイ!このドS!!ステキ!
赤い弾幕が凄すぎるwww(赤はMEIKO姐さんの色!)
そもそも「ミク」ブームありきの「みっくみくにしてあげるV」ありきのタイトルですが、MEIKOねえさんのキャラクター設定が弾けた瞬間を見た気がします。

こういうの同人的には「腹黒化」というヤツで好き嫌いは分かれますが、私個人的には超ツボったwパッケージデザインの露出度高&姉さんっぷりがまたドSキャラに拍車かけて妄想膨らむわーwww


こんな感じで、キャラクターがユーザーの間でひとり歩きを始めるのも、同人の面白さだと思います。
しかしKAITO兄さんの影の薄さはどうしようもないのか…性別の壁は大きいな、リンが発売されたら益々影薄くなるんかな。そしてその影の薄さでキャラが確定されてしまうんだろうな…。(汗)

拍手

PR
冬支度

という訳で、約一ヶ月ほどの冬支度に入ります。
入稿終わったら戻ってきます。
一ヶ月で帰ってこれる事を祈って下さい。


(と宣言しておかないと、いつまでもここでぼやいて原稿しなさそうなんだ…)
(駄目人げn

拍手

マイブックマーク

ちっとも日常カテゴリではありませんが、ゴミ箱カテゴリにするのはあまりに失礼なので。

同人・二次創作ではありますが、善悪テーマにモノを描く事が多いので、物語における善悪の定義を語るテキストには非常に興味をそそられます。これから訪れる冬コミの修羅場の指針に(…)ブログ内にブックマークを。


Hopeless Homeless
[雑記]物語の中の正義と悪
[雑記]ルールという神を望むロマンチック
モノ作りを職業にしている人は違うなぁ。

ポケットのなかは暗くて、帽子がみつからない

■ 悪の系譜・序論
Hopeless Homelessさん経由。21世紀は善が生き難い世の中になったと思います。


あといくつか読んで「おぉぉ…!」と感嘆したテキストがあったのですが、リンクで辿り着いた先だったので何処のブログさんだったかウロ覚え。履歴にも残っていないので再発掘出来たら(無断で)ここにブクマします。

うっかりこんな本まで買ってしまった。(下参照)



といっても出たばかりの時に買ったヤツで、面白かったけど。
最近また本を購入する事に躊躇しなくなってきて困ったちゃーん。本棚の空きが無いのでしばらく自重していたんですが、これも水木復刊ブームの所為なんだわー。

…さりげなくAmazonアソシエイトに登録してみたのですが、タグの張り方これであっているのかが判らない。後でちゃんと調べてみよう…あぁこれでAmazonで売ってるタイトルなら画像も込みで堂々とブログで紹介(?)出来るわー。

拍手

小説書きが挑む「絵=漫画天下の同人世界」という壁

ここから先は、私自身が実際に見て、聞いて、体験した事からの私見です。


字書きさんは、多かれ少なかれ「壁」を感じて同人活動をしていると思います。「壁」は「コンプレックス」ではありません。敢えて言うなら…「ハンデ」でしょうか。

先に書きました ◆ 永遠のすれ違い[漫画描きと小説書き] で、「漫画描きと小説書きの壁、って「同人世界」という「環境」が産み出しているんじゃないかな。」と書きました。
「同人誌即売会」という空間は、基本「漫画」を求める人中心の世界です。どうしても「小説」は「小説」というだけで「ハンデ」になるのです。

オリジナルの作品なら、相応の発表の場もあるのでしょう。
ですが二次創作となると「原作作品を好きな人」に向けて読んで貰いたいものです。となるとそういう人が最も沢山集まる場に自分の作品を持っていくのが一番です。ですが、そこは「漫画」を求める人達中心の世界なのです。

…難しいですね。
元々の原作作品の媒体が「小説」であれば多少状況は違うでしょうか。
却って同じ表現媒体は避けられるのかな?
ファン層にもよるでしょうね。年齢層の高いジャンルやカップリングは大手・壁サークルに小説サークルが何人も居たり、分厚い小説本がとてもよく読まれると聞きます。


自ら信念を持って表現方法に「小説」を選んだ人も、
絵と字両方やってみた後、絵を諦めて字一本に絞った人も、

「小説」という表現方法を選んだ者が背負う「ハンデ」を感じているように思います。しかもそれは、信念と情熱を持って作品を産み出している人ほど、その「ハンデ」に気付き苦しんでいるように思えます。

…逆に言えば、左程情熱の無い、作品を書いていない人は「ハンデ」を感じるまでに至らないんです。


漫画描きの人でも似た体験を持つ人は沢山いるはずです。
自分の技術・実力以外の部分での壁。

例えば「ジャンルの壁」、「カップリングの壁」。

それはある意味「ハンデ」でもあります。
マイナージャンルやカップリングだとまず「それを求めてくれる人が少ない」という現実を思い知る事になります。

「それはハンデじゃない。少ない事は承知の上だし別に構わない。例え少ない人数でも本当に欲しいと思ってくれる人が読んでくれれば!」

そうですね。その通りです。そして、小説書きさんも同じです。
承知の上で「漫画天下の同人世界」で活動をしているのだと思います。承知の上ですが、現実に「ハンデ」は存在します。しかもジャンルやカップリング等の理由ではありません。表現方法が「小説」だというだけで背負うものなのです。


……これは本当に、キツイと思うんです。
例えば同じジャンル、同じカップリング、似たシチュエーションやストーリー展開で同サイズ同ページ数の本を作った場合、漫画本と小説本どちらがより沢山の人に手に取って貰えると思いますか?

あぁ、
「超ヘタレの漫画本と神小説本かもしれないから一概には言えない」
なんて言い出す天邪鬼さんはスルーしますよ。どちらも初見の本と仮定して下さい。


ヘタレ絵の漫画は「表紙のレベルを見られて手に取る価値無しと判断されている」のです。少なくとも絵を見て第一印象即ヘタレと「判断」してもらえるだけマシなのです。次は絵が巧くなるために練習すればいいんですから。

対して小説本は「小説というだけで高確立で対象外」なのです。何その空気扱い。
読まなきゃヘタレか神かなんて判らないのに、これでは評価以前の問題です。読まれてヘタレと「判断」された方がまだマシというものです。


…キツイ事を書きすぎですか。
そうかもしれません。が、上記は全て過去実際に目にした光景ですので私にとっては現実の一部です。


----------------------------


「手に取って少しでも読んで貰えれば、萌えのたうちまわらせる絶対の自信があるのに!」


初めてそれを聞いた時には「なんという自画自賛よ…」とおののいたものですが、同時に小説書きさんの背負う「目に見えないハンデ」の大きさ、重さに震えた記憶があります。

原作と自分の作品に愛情と情熱があればある程にのしかかってくる。
しっかり作品を書いて活動をしている小説書きさんは皆、「漫画天下の同人世界」という大きな「壁」に、薄々気付きながら、また無自覚に、日夜挑んでいるのです。

拍手

合同誌企画を負担に感じるのは、その相手に問題があるのだ

その相手が「漫画描き」か「小説書き」かは問題じゃない。

同人女三十路散歩:
漫画描きと小説書きの間の見えない壁


…ホントにホントにホントに釜の蓋の閉まる様子がありません。
噴き出すだけ噴き出してしまえ!な勢いです、ガクガクブルブル。

恐ろしさに身を震わせながら、勝手にもう少しぼやいてみようと思います。

---------------------------

まず、今回のタイトルが全てと思います。
合同誌、この人とやると自分ばかり仕事が増えそうで嫌だなぁ…と思ってしまうのは「相手」を信頼出来ないから。後々絶対に揉めます。やめた方が良いでしょう。

それを「字書き」相手だと「絵描き」の私の負担になりそう〜、と言ってしまったために釜の蓋が開いてしまったのです。確かに「絵描きから見た字書きの印象」としてよくある事例だし事実そうだったんだろうなぁ、と私は自分の経験から思えますが、ちょっと危険すぎる発言だわぁーというのが正直な感想です。


再度書き記します。

合同誌企画を負担に感じるのは、その相手に問題があるのです。


その上で更に

「字書きは絵描きにコンプレックスを持っている」とうっかり言ってしまったのがマズかったと。


全然異なる、且つ、どちらもとてもデリケート(…)なテーマなのに、いきなりふたつ同列に並べてドカン!とぶつけちゃった!!みたいな破壊力。そりゃあ地獄の釜の蓋もすっ飛ぶってモンです。

------------------------------

実体験として私も何回か字書きさんと合同誌を作った事があります。

いつも表紙や本文レイアウトのとてもお洒落な小説作家さんとの時は、表紙デザインや本文レイアウトを全て担当してくれました。
自分で絵は描けないがデザインを考えるのは大好きな小説作家さんのデザインしたラフにあわせて指定された絵を描く、といった感じですね。自分の絵を「素材」として客観的に見られてデザインされた表紙というのはとても新鮮でした。
目次やおくづけページのレイアウトも、自分では絶対やらないような構成なのにそこに使われているのは自分の絵、というのがとても面白かったです。

結局は「相手次第」。もうそれしか言いようが。笑。
上の例ではむしろ負担になっているのは小説作家さんの方だと思いますしね。自分の受け持つ担当作業を「楽しい」「面白い」と思えるか否かが全てですよねー。


ただ、普段あまり表紙や本文レイアウトに関心のなさそうな作風の小説作家さんだと、ビジュアル面に関しての作業は全て「絵描き」が担当してくれるものだと思い込む人が予想以上に存在するのも事実です。


だって、私は「字書き」だもの。

…確かに。


その思考回路と理屈は、決しておかしなものではないと思うので、そこで「OK、頑張るね!」と受け持つ事も「それはちょっと負担だからアイディアだけでも一緒に考えましょうよ〜」と言う事も出来ない間柄なら、合同誌はやめましょう。


---------------------------

大体、絵描き同士の合同誌だって、結構グダグダになったりしますしね。
正直言って絵描き同士の方が揉めますよ。「同じ絵描きなのに私だけ負担!みたいな感じで。

拍手

管理人プロフィール

HN:
#(しゃあぷ。と読みます)
性別:
非公開
職業:
毎日パソコンを触るお仕事
趣味:
漫画とアニメと同人誌とネット
自己紹介:
田舎在住、旧時代のオタク。
コロナでアクティブオタクを続けていく事を半ば諦めかけていた所に、遂に家族の介護イベント発生。生き残りたい。
アーカイブ