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腐率低&懐古オタク仕様・なんでも専用。
なりチャの思い出(4)なりチャに創作・発表意欲が殺される

同人作家を殺すにゃ刃物はいらぬ、なりチャひとつにはまればいい


最近はネトゲにはまって帰ってこなくなった同人作家も多いと聞きますね。

そう、とにかくなりチャは日常生活を犠牲にしてしまいやすい娯楽です。オタクにとって「日常生活」の中には「オタク活動」も含まれます。
よくなりチャにはまってリアルの友人関係が壊れた(それは私/⋯)というのは聞きますが、オタク友達とも疎遠になりがちになります。(このオタク友達・以下オタ友、はオフライン&オンライン両方の存在です)
即売会に行くよりもなりチャ、アニ●イトやオタクショップに行くよりもなりチャ、オタ友と萌えを語り合うよりもなりチャ、同人原稿よりもなりチャ。リアル世界もオタク世界も、全てがなりチャになってしまうのです。こう書くともの凄く恐ろしい娯楽ですね。
当時私が一番「これはヤバイ!」と思ったのは、同人原稿よりもなりチャを優先してしまうようになった時でした。

前回の記事では「このジャンルでの同人活動はしていなかった」と書きましたが、厳密に言えば「していなかった」のではなく「出来なかった」んです。
なりチャに時間を割き過ぎて原稿を描く時間が無い、という理由もあったのですが、なりチャで自分の好きな萌えシチュエーションを演じて=体験してしまうと、もう満足してしまって同じシチュで原稿を描こうという意識が薄れてしまうのです。

原稿を描く、完成させるその労力と大変さが判っているから。
それに比べてなりチャのなんと簡単で、実際に自分が「体験出来る」楽しい事!

そうやって、本来同人誌として、作品として、形になるはずの「萌え」達は、たった1度きりの、その場限りの、形として残らない「なりチャのログ」という形で物凄い数が浪費されていきました。

なりチャサイトの中には、面白かったログを保存して、倉庫という形でいつでも読む事が出来るように公開している所もありました。これも賛否両論あったかと思いますが、その場限りで消えていってしまう事が勿体無い(下世話な表現ですが)というのと「萌えシチュのログを、その場に参加していなかった皆とも共有したい」という思いが少なからずあったのではないかと思います。

また、逆に自分が演じたなりチャログを原案にして同人誌を発行する、という微妙にイタイ作家さんもいたとかいなかったとか。
⋯同人誌はなくても、サイトのSS代わりに自分のサイトで無許可で公開する、というイタタ者はあちこちにいましたねぇ⋯。


同人作家活動の基本行動原理は「飢餓・渇望」と「欲求」と「自給自足」です。
自分のツボにピッタリな萌えを与えて欲しい、でも誰も与えてくれない、ならば作る、コレです。
そのために素人が時間のやりくりをして労力を割いて、漫画を描き、小説を書き、本の形にしたりサーバーアップしたりしてこの世に産み出し存在させるのです。


それに対して、なりチャはとにかくお手軽です。
簡単に「自分の萌えシチュエーション」が表現=体験出来てしまいます。
実は「出来てしまう」というのは錯覚で、「出来てしまうように感じる」だけなのですが。自分自身がそのシチュエーションを構成する一部=キャラになって「体験」している分、錯覚度も高くなってしまいます。
そしてそれを1度体験してしまうと、もうそれで満足してしまうのです。

もう1度同じシチュでなりチャを体験したければ、同じシチュとキャラで募集を掛けてなりチャをやればいいんです。全く同じ、とはいきませんが(演者が違えば違ってきます)むしろ「好きなシチュでも僅かな違いがあるから何度でも楽しめる」といった感じでしょうか。基本ラインは同じシチュですから、楽しくないわけがない。


二次創作は「作品の創作・発表意欲」と「萌え自給自足・飢餓欲」の二面性があるため、「萌え自給自足・飢餓欲」部分が別のツール=なりチャによって満足させられてしまうと「作品の創作・発表意欲」を失ってしまう事があるのではないでしょうか。

そうやって、なりチャに時間を割きすぎて同人原稿が疎かになっていった作家さんを沢山見てきました。「自分は自分の萌え・二次創作=同人活動の方が大切だ」と気付いた作家さんは、しっかりとなりチャから足を洗っていきました。そうでない作家さんは⋯

人間、楽で楽しい方に流れていってしまうんですねー⋯


なりチャと同じ感覚で「萌えが浪費されているな」と感じるツールが「おえかきチャット」ですかね。「おえかきBBS」はログが保存されるし、ツールとしても優秀なので時間をかければ素晴らしい作品が描けたりするので除外します。
「おえかきチャット」こそ、ログは残しておかないとその場限りで消えていくし、1枚に長時間かけて描くモノでもないし、機能的にそう凝った作品も描けません。
誰かと合作したり、同席した人達でキャイキャイ萌え話で盛り上がりながら お え か き をして自分達の萌えをひたすら消費していく。


平成のオタク乙女(腐女子)達は「萌えの自己消費」には敏感でも「作品の創作・発表」にあまり関心が無いのかもしれない。
最近、そう感じます。



【関連テキスト】
なりチャの思い出
なりチャの思い出(2)元当事者の記憶と記録
なりチャの思い出(3)自己と他者の我侭の果てに

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