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なりチャの思い出(5)理想世界における人間関係構築の限界

Hopeless Homeless - 「なりきりチャット」時代の証言


なりチャテキストを書くきっかけになったサイトさんが、更に深く突っ込んだエントリを更新されていました。ので、またもや便乗ですが、少し書き記してみたいと思います。

「なりチャから卒業した理由」中心に書かれていたのですが、なるほどなぁと思いました。
まず、女ばかり集まった閉鎖空間ならではの人間関係は、なりチャ経験者にとって一度は必ず巻き込まれる嫌な経験です。当然のように私も巻き込まれまくりました。⋯反対に巻き込んで参加者さんや管理人さんに迷惑を掛けまくったりもしました。
これについては意識的に「自分ばかりが被害者だった」と記憶をすり替えないようにしています。正直なところ、卒業して数年経った今となっては本当のところはどうだったのかなんてもう判りません。振り返れば「自分が嫌な思いをした記憶」ばかりが蘇って、なんとなく「自分はいつも被害者だった」ような気がしてしまいます。ですが、きっとそれは自分の都合の良いように記憶をねつ造しているんですよね。

ちょっと脱線。


そして、卒業の理由のもうひとつの方に「そういう事だったのか」と目からウロコ。


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あまりにも簡単に「誰かを好き」と表明でき「誰かに喜ばれること」を提供できてしまう
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私の場合は、一見真逆の状態だったのですが。
つまるところ同じ状態だったのかな、とエントリを拝見して感じました。


例えば、特定のなりチャ相手と仲良くなります。
毎晩のようになりチャで会話を交わし、仮想空間で逢瀬(⋯)を重ねていくと、一切表には出しませんが何となく相手の裏側、⋯現実世界での実像が想像出来るようになります。
好き好んでするのではなくて、キャラになりきっているはずの会話の内容の端々から、なりチャでの待ち合わせの約束の時に平日は駄目とか、夜何時までならOKとか、生活サイクルから何となく読み取れてしまうものなんですよね。
私は割と、きっかけがなりチャであっても仲良くなった相手とは今後もネット上で仲良くしていきたいと考えていたタイプなので、相手が落ち込んでいたり悩みごとがあると相談を持ちかけてきた時などは、自分の時間が許す限り慰めたり、相談に乗っていたりしていました。
⋯版権なりチャのはずなんですけどね!
キャラの口を借りて、巧くキャラや原作の世界観に合わせて愚痴を吐いたりするんですよ、皆。(笑)なので、あくまで表面的には「キャラ同士が悩みごとを打ち明け、相談に乗っているなりチャ」をプレイしている状態な訳ですよ。

ここらへんがね、どんどん境界線が曖昧になってくる。
その愚痴や悩みごとは「キャラとして、キャラ作りのネタ」なのか。それとも「キャラの口を借りた実は中の人の叫び」なのか。その内容がディープになればなるほど判断に迷い、どう接したら良いのか判らず、いっそ中の人の悩みなら「中の人同士として話を聞いてあげるよ」と思い⋯
それは、版権なりチャであまりに中の人が滲みすぎた悩み相談会話は、私はなりチャとしては楽しめない、別の物になってしまっているからというのもありましたが。

あの頃は本当にチャットというツール自体が物珍しくて、色々不馴れな点もあって、心底のめり込みすぎていたと反省するところですが、当時は「なりチャ中の事として、キャラ同士、その場だけでも親身になったり慰めたりすれば良いんだ。それもなりチャの楽しみ方のひとつなんだ」という考えに到らなかったのですね。


なりチャの世界の中で、好意を表現するのはとても簡単でとても難しいです。
これが、お互い中の人情報を晒し合って、中の人同士の交流もしても良いなと思える状態だったり、それが許されているなりチャサイトさんならいいのですが、私がはまっていた頃の中期以降のほとんどのサイトでは、中の人同士のやり取り、交流は一切禁止!情報交換も禁止!という所がほとんどだったのです。
(中には禁を破って交流している人もいたようですけどね)

好意を伝えるまでは良い。「好き」と言えばそれで充分です。
さて問題はそこからなんですよね。チャット上でデートして、チャット上でプレゼントをして、チャット上で同棲(!)して、家事なんてかいがいしくやったりして。合間にイチャイチャ(!!)とかして。


⋯⋯実際にやっていないのに、チャット上で文字として表現されるだけ。
自分の稼ぎでは絶対に買えない高価なプレゼントだって、見たことも食べたこともない横文字の料理を手作りすることだって、何でも出来る。と、いう事に出来る。

本当の自分は何にも出来ないんですけどね。チャットの上では皆スーパーマンです。


私自身、元々物書きのはしくれとして無駄な知識と調査検索能力は低くはないので、なりチャ上で何かイベントをする度に「喜びそうなプレゼント」や「驚かせるサプライズ」を探してきてはせっせと渡していました。この行為は個人的にはとても楽しかったんですよね。「現実の自分には到底出来ない」という事を理解した上でやっていたからかもしれませんが、⋯バーチャルバブルなりきりゲーム?みたいな。(笑)ドンペリもあけた事なけりゃスイートルームなんて足を踏み入れた事すらねェよ!!

⋯そのうち、そういう嘘のプレゼントじゃなくてね。
ちゃんと形に残るものをあげたくなったんですよね。それは勝手に私の方がなりチャ相手さんの事を「お友達」と思っていたからなんですけど。でも、向こうはそうじゃなかった。なりチャはなりチャ上だけの付き合い、と割り切って遊んでいたんですね。それは決して珍しくなく、より100%キャラになりきろうとする人程、中の人情報を知られる事を嫌います。知られる、知ってしまう事によってチャットが萎えるのを嫌うんですね。それはよく判ります。

同じ作品が好き、同じキャラが、カップリングが好き、嗜好も似てる、チャットはいつも楽しい。
もっと仲良くなりたい、⋯そう思った時、私にとって「キャラ」を通しての交流は一転、障害になってしまいました。とたんに距離感が掴めなくなってしまいました。


自分で言うのも何ですが、私はなりチャ上では比較的どのキャラを演じていても「いい人」と認識される事が多かったです。決して「いい人」を意識して演じていた訳ではないのですが、振り返って思えば「誰でも簡単にいい人になれる」世界がなりチャだったんだな、と。今頃になってようやく気付きました。


言葉しかあげられない仮想世界。
その言葉は確かにとても心地よく甘いものかもしれないけれど。



言葉以外のものを受け取って貰う事は本当に難しい世界です。
それはなりチャに限らず、ネット上でのコミュニケーションツール全てに言える事かもしれませんが、虚ばかりで実の無い世界だからこその理想郷になり得る、少なくとも当時なり得た世界だったのだと思います。



⋯虚の中にもほんのヒトカケラくらいは実があったとは思いますが。
なかなか。





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元なりチャ者として、一度「興味あるんだけどどんなもの?」と聞かれた事がありました。
「ごっこ遊びと割り切って、その場の娯楽と思えば楽しいよ。でも、依存する程やらないようにね」と、肯定も否定もせずにとりあえず長所短所両方説明した後、ちょっとロールの回し方のコツ(笑)を教えました。
今でも適度に遊ぶ分には、魅力的な遊びだと思います。ただ、最近は飛び込みで遊びにいける賑わったサイトが少ないみたいですが⋯。



【関連テキスト】
なりチャの思い出
なりチャの思い出(2)元当事者の記憶と記録
なりチャの思い出(3)自己と他者の我侭の果てに
なりチャの思い出(4)なりチャに創作・発表意欲が殺される

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